
当ブログは80年代・90年代の洋楽レビュー、新旧の映画の感想、英語、カルチャー情報を取り上げています。
洋楽はロックを中心に懐かしの洋楽ポップスからサントラまで、映画はスターウォーズやミッション・インポッシブル、ジェームス・ボンドなどメジャー系のSF&スパイアクションを中心に感想を書いています。
英語は洋楽・映画から学ぶシリーズ、英語コミック、英語体験談を紹介しています。
カルチャーカテゴリ内のバイクは好きな映画・TVシリーズをはじめ、ファッション関連を、俳優・セレブカテゴリでは、ハリウッド俳優や有名ミュージシャンに関する豆知識を少々紹介しています。
以下に私自身の経歴やブログ遍歴を紹介していきますね。
イジールの歴史(洋楽と映画、英語への道)
1970年代生まれの50代です(前半)
記事によっては40代で書いたものも多いので(とくに関連ファッション記事)、それに関しては「40代・50代向け」や「アラフィフ世代向け」という感じで幅を持たせています。
生まれは関西。
両親が映画好きだったこともあって、幼少時からよく一緒に映画館に行っていました。
とくに父親が洋画好きで、ジェームスボンドやスターウォーズ、インディジョーンズなどのメジャーなアクション大作によく連れて行ってくれました。
洋楽に関しては小学生高学年までは、まったく触れたことも聴いたこともなかったです。
きっかけは高学年のクラスで一緒になった、仲の良いクラスメートの紹介から。
地元のテレビ局で放送されていた「POPベティハウス」という番組を教えてもらい、そこで生まれて初めて洋楽というものを知りました。
司会はクッキーという女性で、金髪で碧眼、目もまん丸くて絵に書いたような「白人」の風貌。
それまで親に連れられて見に行っていた洋画の影響で、そこはかとない「西洋文化」(ほぼアメリカですが)への憧れを持っていたこともあり、その司会の女性と彼女が話す英語交じりの巻き舌の日本語、さらに紹介されていくミュージックビデオの数々に当時の私は「か、かっこいい・・・・」と一目でほれ込んでいったのです。
それからはその番組を教えてくれた友人と洋楽アーティストのカセットテープの交換(懐かしい)をしたり、POPベティハウスで流れたMVの音楽をラジカセで録音して自分だけの「マイお気に入り洋楽テープ集」を作ったりしていました。
中学生時代に我が家にビデオデッキが導入されてからは、POPベティハウスはもちろん、マイケル富岡さんや小林克也さんの洋楽を紹介する番組や、夜のヒットスタジオでゲスト出演する海外ミュージシャンの放送回を録画したりして、カセットテープと同じように「マイお気に入り洋楽ビデオ集」を次々と量産していったものです。
小学生から中学1年生当時には、デュラン・デュランやマドンナ、マイケル・ジャクソン、デビ―ギブソン、といったアイドル系のポップスミュージシャンにハマっていて、中2あたりからは、ボン・ジョビやデフ・レパードなどのロックバンド系が好きになっていきました。
カセットテープではAMラジオやFMラジオ、とくに「アメリカントップ40」というアメリカで放送されていたビルボードヒットチャートのカウントダウンラジオ番組(日曜の7時から9時までの2時間)をそのまま流していたFM放送(どこの局かは忘れた。大阪だったかNHKだったか)を中学時代は3年間、毎週欠かさず聞いていました。
この当時から「英語」にすごく興味があって、それは洋楽による影響が非常に大きいのですけども、前述したPOPベティハウスの司会のクッキーだったり、日本版MTV司会のマイケル富岡さんや小林克也さんの英語、さらにアメリカントップ40で耳にしていた生の英語(DJの歌の紹介や、ハガキの投稿の読み上げなども全部英語だった)をちゃんと聞き取れるようになりたい、自分でも英語で海外ミュージシャンといつかコミュニケーションをとれるようになりたい、という大それた夢を抱くようになりまして(笑)
その影響は高校でも続きまして、MTVやアメリカントップ40の視聴は欠かしませんでしたし、洋楽雑誌も3誌は定期購読していたほど(ミュージックライフ、ポップギア、INROCK)
その3誌の巻末に掲載されていた「ペンパル募集」のコーナーに投稿して、すべてに採用され、そこそこの手紙を全国からもらったこともあります。
POPベティハウスに関しては、高校に入ったころに司会のクッキーが別の人が代わったこと(インド系のアメリカ人女性だったか)、それからしばらくして高校2年生のあたりいつのまにか番組が終了したこともあり、気が付けば見なくなっていました。
そして高校3年生のあたりでガンズ・アンド・ローゼズのアルバム「Use your illusion」が発売されて、それを聞いて「おお、かっこいいな」と。
その流れでターミネーター2も劇場鑑賞しましたっけ(ガンズのyou could be mineが挿入歌)
ただこの当時はまだボンジョビやデフレパード、ウォレントなどの王道ロックが好きで、アクセルの癖のある声やカントリーやラップ、HRなど色んな要素が混じったようなアルバムにそこまで思い入れはなかったですね。
映画の方は洋楽ほどではないにしても、メジャー系作品をメインによく見ていました。
ただ当時は学生でお金もなかったので、鑑賞はもっぱらレンタルビデオでした。
これも親が良く借りてきたものを一緒に見たりしてました。
バック・トゥ・ザ・フューチャーのような有名な作品はもちろん、当時ハマりだしていたゾンビホラーもよく観てましたね。
そんなこんなで洋楽と洋画生活ですっかり英語漬けになっていた私は、その勢いのまま「よし!将来は洋楽・映画雑誌のライターになって、海外ミュージシャンやスターにインタビューしてやる!」なって、それなら英語を専門に学ばないといけない、なので英語学部のある大学に進むことを決意したのです。
とはいえ、好きの割には英語の成績は良くなかったので、希望の大学に合格することはできず、一年浪人することになりまして。
予備校に通って一年後に希望の学部に合格し、夢にまで見た英語ライターになる一歩を踏み出した(と自分では勝手に思っていた)はずですが、好事魔多し。
大学では英語とは全く関係のない事柄に興味をもってしまい、ほとんど真面目に勉強せずに4年間を過ごす結果となってしまいました。
ただこの間にアメリカンバイクを購入して「ハーレーダビッドソン&マルボロマン」を見て憧れたバイカー生活を過ごすことができたことや、車の免許を取って友人とあちこちをドライブできた経験は、人間関係を広げられたことだったり、人生の趣味の幅も同時に広げることができたという意味では、それなりに悪くないことだったなと今でも感じてます。
そんなこんなで卒業後は英語はもちろん大学生活でハマっていたことすら関係のない業界に進むことになり、あれよあれよという間に数年が経過。
そこでふと思い立って「このままでは駄目だ」と感じ、学生時代には行けなかった海外一人旅をして自分を見つめなおすことになりました。
帰国後は資格を取ったり色々なことにチャレンジしつつ、合間に友人に誘われたカバーバンドへの参加で、10代の頃に聞いて「まあまあかな」とそこまで思い入れを持たなかった「ガンズ・アンド・ローゼズ」になぜか突如大ハマり(それが20年間も続くわけですが)
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バンドの思い出と楽器の情報まとめ
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さらに英語への興味も再び沸いてきて、一時期は翻訳家を目指したこともありました。
ただこれも色々あって挫折し、それからさらに紆余曲折を経て、今は自営でIT関係の仕事をすることに至ると。
洋楽や映画、英語への興味はかつてほどではなくなっていますが、それでも洋楽ロックはyoutubeで作業中のBGM代わりに聞いてますし、映画もサブスクサービスで視聴したり、気になるものがあれば映画館に足を運んだりしています。
とくにロックギターサウンドには最近特に「良いなあ」と思うようになり、それまで縁のなかったyoutubeチャンネルを開設して、自分でギターサウンドのMV動画を作るまでに至りました(登録者も100人程度ですし、AI音楽製作の実験レベルなので、どこまで続けられるか分かりませんが)
英語に関しては今はそこまで勉強はしていませんが、海外の動画を見ていて字幕なしでリスニングしたりとか、漫画も好きなので英語コミックを買って読んだりとかはしていますね。
以上が私イジールのちょっとした経歴になります。
ブログの歴史
次にブログの変遷をお伝えしましょう。
最初にブログを始めたのは2005年です。
当時流行りだしていたブログサービスを先に始めていた友人から「ブログ面白いよ」と勧められて、ライブドアブログで始めたのがきっかけでした。
それまで好きだった(今でもですが)洋楽や映画のレビューを中心に、時事ネタの感想やニュースへの論評を交えた不定期の運営で一年ほど続けていました。
当時は本当に色んなことをブログで試していて、とくに楽しかったのがヨーロッパ一人旅の思い出を思いっきりデフォルメして「秘密作戦に従事する謎のスパイが任務で訪れた欧州の地で次々に襲い掛かる敵の魔の手から身を交わしながら華麗に旅を続けるハードボイルド旅行小説」という意味の分からないものを、一人で笑いながら書き綴っていました。
自分の旅行体験を思い出しながら、事実10%・妄想90%の割合で脳内に湧き出した架空作戦と登場人物を勝手にバトルさせていたのですが、これが意外に書いていて面白くて100話くらいまで継続してました。
そのまま続けたかったのですが、ふとしたときに削除のボタンを間違えて押してしまい「オーマイガー―――ッ!」。
苦労して書き上げていつかは「ネット小説界に殴り込みかけたるねん!」と息巻いていたのに・・・このときは本当に意気消沈してましたね。
それからも同時並行で書いていた洋楽のレビューや映画のレビューを引き続きマイペースで投稿しつつ、別のブログサービスに移転したり、洋楽と映画のレビューを分けて別ブログで運営したり、ニュース系の記事を専門で始めたりして、数年間は複数の無料サービスでブログを書いていました。
当時はブログが全盛で有名人もブログを運営していましたし、もともと文章を書くのが好きだったので、書けば書くほどコメントが届いたり、読者の反応があるのがたまらなく楽しかったことをよく覚えています。
その状態が続いて2017年には「はてなブログ」で運営を一本化することに。
それまで複数のブログで書いていた記事を一つのブログに集約させ、ここで現在の「洋楽・映画・英語・ファッション・グッズ紹介」の形になったわけです。
この段階になると、それまでの「遊びの延長」から、ちょっとした「小遣い稼ぎの手段」に変化していました。
記事を書いてそこに広告を貼ることで副収入を得る「アフィリエイト」にハマり始めたのもこの頃。
それまでぽつぽつ出ていたアフィリエイト収益に加えて、グーグルアドセンスからの広告収益も導入して、月に数万円の定期収入がありました(季節イベントの時期に数十万円の純益も)
「おおし!このまま大きく稼いでやるで!」と意気込んで、その一年後に同じはてなブログの有料サービスに移行して、独自ドメインでの運営をスタート(独自ドメインにしないとアドセンスの広告が貼れないという規約の変更があったからです)
そこからさらに1年後、ワードプレスの運営に舵を切ることに。
はてなの有料サービスでもよかったのですが、もっとサイトのデザインや記事への導線の柔軟さが欲しいと考えていたので、そのへんの自由度が高いワードプレスを選びました。
それが2019年のこと。
そして好事魔多し!
ワードプレスに移ってから、逆にネットでの収益手段はyoutubeやSNSにその活躍の場が奪われていき、もはやそれまでの安定した副収入は思うように得られなくなっていったのです。
同時に本業の方も忙しくなってきたため、ブログに書ける時間は徐々に減っていったわけです。
気が付けば雀の涙ほどのお小遣いに・・・
旅行記の削除の時の同じくらいに「とほほ・・」な気持ちになりましたが、そこはそれ、これはそれ。
もともとは趣味で始めたもの。
洋楽や映画、英語は変わらず好きですし、マンガも時々読みますし、そのへんのことをマイペースに気が向いたときに更新するようにライティングスタイルも更新頻度も変化していきましたね。
その流れの中で、今のブログは完全に洋楽・映画・英語・コミックレビューという、自分の趣味の備忘録になったという感じです。
まあ今の形も気に入ってますよ。
以上がIZZYRU STYLEのブログ遍歴になりますね。
まとめ
運営者である私自身の洋楽・映画・英語に連なるマイ半生と、ブログ遍歴についてのちょっとした歴史を語らせてもらいました。
改めて思い返すと、自分は本当に洋楽や映画が好きだったんだなあと。
そしてそこから受けた影響も大きくて、人生の方向を変えてしまうほどの力を持っていたんだなと。
この影響がこれからどれくらいまで続くのかは未知ですが、たぶん60代になっても70代になっても変わらないようにも思いますね。
青春時代の輝きよ、いつまでも!
そんな気持ちでこれからもマイペースにブログ更新を続けていきたいと思いますよ。
そして何よりも!
何かの縁でこのブログに訪れてくれた読者の皆さんには「感謝」ですよ^^