若い頃にヨーロッパを一人旅したときの体験談です。
これまでイギリスとデンマークの話を語ってきましたが、今回はドイツでの経験。
町から町への移動中のコンパートメント(個室)で同室になった初老の女性との会話で気づいたこと、感じたことを語っていきたいと思います。
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ケルンからハノーファーに向かう列車の中での出来事
それは旅も中盤に差し掛かった時の話。
イギリスを周り、ベルギーからドイツに渡り、そこからドイツ国内を巡ろうという計画の途上でした。
フランスの国境に近いケルンという町から、ハノーファーという北部の町に移動する列車に乗った時のことでした。
ICと呼ばれる急行列車で、日本でいうと快速電車に近いスタイルになります。
ヨーロッパの電車を乗り放題のユーレイルパスを購入していたので、それを使いドイツを旅することにしたのです。
そのときもケルン駅からICに乗り込み、自分の座席を探すことにしました。
それまでベルギーからドイツに来るときはICE(高速鉄道)を使っていたので、少しグレードが下がるICは興味深くありました。
そしてさらに驚いたのが、個室(コンパートメント)になっていたことです。
20年前の旅だったので、まだ日本でも相席になる快速電車はあったのかもしれませんが、それにしてもドイツのICの個室は一味も二味も違っていました。
というのも、通路とガラス壁で隔てられていて、個室に入る扉がついていたからです。
そこでは3人×3人の6人部屋で、座席は向かい合わせでした。
私が入るとすでに初老の女性と中年の男性が座っていました。
窓際に座って景色が見たかったので、女性の真向かいに座ることにしたのです。
席に着くと目の前の女性に軽く会釈をし、荷物を膝に載せました。
窓からはポカポカと陽気な日差しが入り込んでいて、ドイツの郊外の美しい風景が走りゆく列車の流れに合わせて目の前に飛び込んできました。
「おお、これこそがヨーロッパの車窓というものだ!」
と心の中で喜んで眺めていましたが、ふとそのとき気づいたのです。
(そうだ!ここでコミュニケーションをとらなければ!)
自分の真向かいにはドイツ人の初老の女性が座って、私と同じように窓の風景を眺めていました。
ただ時折チラリとこちらを見ていたのを感じたので、私は瞬時に「ああ、きっと見慣れない東洋人が珍しいのだろうな」と気づいたのです。
なので、ここは西洋と東洋の文化交流だ、とばかりに、その女性に話しかけることにしたのです。
私は少し微笑んで「グーテン・ターグ(こんにちわ)」と覚えたてのドイツ語で挨拶をしました。
すると女性は少し驚いた顔でこちらを見た後、すぐに「グーテン・ターグ」とほほ笑んで返してくれました。
私は「あいさつが通じた」とホッとして、続けて会話をしようと思いましたが、ドイツ語はそれ以上知りません。
なので、英語で会話を続けることにしました。
幸い女性も英語は話せるようで、私のつたない英語に言葉を返してくれたのです。
私:「今日はいい天気ですね」
女性:「そうね」
私:「ドイツは秋でも寒いと思いましたが、こんな日もあるんですね」
女性:「今はまだそうね」
少し話していて気づいたのが、女性も実はそこまで英語は得意ではなさそうなことでした。
私の英語もかなり片言だったんですが、女性もそれに合わせて、そこまで上手ではない発音と表現で返してくれていたのです。
ただ私の英語に気を使って返してくれている雰囲気を感じたので、あまり人と話すことがなかった一人旅の自分としては、すごく有難く感じました。
少し会話をして場が温まったのか、それまでは私から話しかけていたのですが、今度は女性から声をかけてきました。
女性:「あなたはどこから来たの?」
私:「日本からです」
女性:「そうなの。今までどこを回ってきたの?」
私:「イギリスとベルギーです。これからドイツを回って、デンマークや北欧に行くつもりです」
女性:「そうなの」
私:「できればヨーロッパ中を回りたいと思っていますよ」
女性:「それはいいわね。若いっていいわ」
こんな感じで一通りの会話が続きました。
これだけ見ると、すごくいい感じでコミュニケーションができているように思えるかもしれませんが、実際には私も彼女も言葉を選びながら、詰まりつつ話したので、もう少し「ぎこちない」感じでした。
そして問題はここからです。
私の中で「話すことがなくなった」のです。
いや、正確には話したいことは色々あったのですが、それを表現する英会話能力がすでに限界に近付きつつありました。
私のその一杯一杯な気持ちが相手の女性にも伝わったのか、お互いに徐々に気まずい空気を感じるようになったのです。
(か、会話が続かない・・・)
先ほどの会話を最後に、お互いに何とはなしに話すことがなくなって、二人とも窓を外を眺めるムーブに移ったのです。
もう一度目を合せると、なにか話さないといけないと思うこともあり、できるだけ向かいの女性と顔が合わないように風景を見るようになっていました。
(いかんな・・こういうのは・・・)
いかにもコミュニケーションが苦手な東洋人という感じで、その状態に自分ですごく情けない気分になっていました。
かといって、もう一度向かいの女性と話をする気にもなれず、その隣に座っている中年男性は素知らぬ顔で新聞か本を読んでいたので、誰かと話をするという雰囲気はそのコンパートメントにはなかったのです。
ただその時も、その後も、そして今になっても思うのも「言いたいことが思うように言えない」「言いたいことが無くても世間話ができるレベルではない」という当時の自分の英語能力の低さへの哀しさでした。
加えて「きちんと話さないといけない」という日本人らしい感覚が邪魔していたのだと思います。
今であれば、もっと適当に自然に色んなことを話せていると思いますし、話題も年の功でそれなりに増えています。
その意味で、やっぱりあの頃はまだまだ「未熟」な英語学習者だったということですね。
ドイツ人の社交術と挨拶の言葉を学んだ
そんなドイツ人女性との「ぎこちない」英会話を終えた後、部屋には次々と新しい乗客が入ってきて、同じように出ていく人もいました。
そのとき気づいたのが、皆「チュース」と挨拶をしていたこと。
(チュース?こんにちわか何かかな?)
まったく聞いたことがないドイツ語だったので、不思議に思いましたが、明らかに挨拶の言葉というのは分かりました。
それも出ていく人がお互いに声をかけている様子を見て「さようなら」的なものなのかなと。
ただ最初は分からなかったのでドイツ人同士の「チュース」を聞くだけでしたが、何人か目が出ていくときはは私も「チュース」と声を出すようにしました。
郷に入っては郷に従え。
ドイツ文化を学ぶのに、こんな良い機会はありません。
私の「チュース」を聞いても、周りのドイツ人は何も言うこともなく、ごく普通に振る舞っているのも嬉しかったです。
そこから目的地に到着するまで、窓の景色を眺めたり、本を読んだりして時間をつぶしました。
駅についてコンパートメントを後にするときに、今度は私も大きな声で「チュース!」と言いました。
すると皆が同じく「チュース」を返してくれたのは嬉しかったです。
後で調べると「またね」「さようなら」というカジュアルなドイツ語だったと知り「思ってた通りだったな」と安心しましたね。
海外旅行では「英語は話せた方が絶対にいい」ということ
今思うと、もう少し英語が話せると、向かいの女性だけではなく、コンパートメント内の他のドイツ人とのコミュニケーションができたのになと思います。
とくに後半は若いドイツ人の乗客が多く入ってきたので、年配の方よりも英語がより通じたかもしれません。
それよりも何よりも、真向いの初老の女性ともっときちんと会話がしたかったな、と今でも思います。
とくに何を話したわけではないでしょうが、思うように言葉が出てこなくて「気まずい雰囲気」のままでお互いに会話を終えてしまったことが悔やまれるからです。
下手なら下手なりに明るく話せる性格なら良かったのに、自分は決してそうではないですからね・・・
あのときに思ったのが「きっと彼女も見知らず東洋人の男性に何を話したら良いか分からないし、ましてや英語もそんなに通じないのなら、すごく居心地が悪いだろうな」ということ。
自分の英語力のなさ(だけではないですが)が、相手にも気まずい思いをさせてしまったということ。
少なくとも当時の自分はそう思っていました。
なので目的の駅に降りたときに固く誓ったのです。
絶対に英会話力をあげてやる、と。
もう二度と自分だけではなく、相手にも気まずい思いをさせたりはしない、と。
(その思いはもう少し後のデンマークでの出来事でより強化されます⇒別記事)
今ならスマホでグーグル翻訳もあるので、きっと会話に困ることはないと思います。
でもやっぱり自分の口で自分の思いを伝えるのが大事なんですよね。
それもただ単語や簡単な文章を話せるのではなくて、きちんと自分の考えや思いを論理的に話せるようになるということ。
それが可能になれば、きっと旅はもっともっと面白くなるでしょうし、人との出会いがもっと濃密なものになると確信しています。
あれからヨーロッパの旅はしていないのですが、今の自分は随分と英会話力をアップさせたと自認しています。
そしてそれが決して独りよがりでないことを証明するために、次に行くときは、これまで鍛えたマイイングリッシュで会う人会う人にガツン!と英語をぶつけたろうと思ったりますよ!
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