84年発表のアルバム「tonight」からの先行シングル。
リリース早々に大ヒットとなったこの曲は、日本のCMにも使われた。(多分ノエビアだと思う)
僕自身がこの曲を始めて聞いたというか、見たのは、例のpopベティハウスでのミュージックビデオが初見だった。
この番組で初めて見たビデオが多分これであり、デビッドボウイのことなど全然知らない小学校5年生だったためか、「なんだ?このキレのある格好いいおっさんは?」との第一印象だったように思う。
インド人のようなスタイルをしたクールな白人のおっさんが「ブルージーン!」と歌う鼻にかかった声に痺れたものなのだ。
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芸術家デビッド・ボウイの魅力
2004年にアルバムを発表して以降は、音楽活動を休止中で、現在は自宅でアート製作に打ち込む日々を送っているという。
それにしてもこの人ほど、各方面に影響を与えているアーティストはいないのではないだろうか?
特に同業者で影響を受けている人はかなり多いと聞く。
その数は無数だが、特に日本人では、かのボウイのギタリスト布袋寅袋さんが、めちゃデビッドのファンだというのは周知の事実だろう。(ボウイのバンド名もこの人から来ているという)
後年、来日公演していたデビッドのライブに呼ばれた布袋さんは、共演したときの模様を自身の伝記でこう語っていた。
「招待された楽屋で一緒に見た、意味不明な芸術系のビデオの映像を「これ面白いよね」と笑ったデビッドを見て、”ああ、やっぱりこの人は本当の意味でアーティストなんだな” と感じたよ」
笑いかけられたときの布袋さんの困った表情が目に浮かんでしまう実に微笑ましいエピソードなのだが、たしかにボウイの初期のコンセプトツアーの衣装やメイクは意味するところがさっぱり分からない(笑)
芸術家というのは彼のような人のことを指して言うのだろうな。
そのアーティスティックな血は、彼の息子に確実に受け継がれているらしく、ダンカン・ジョーンズ(デビッドの長男)は映画監督だとか。やっぱり血は争えないのだ。
親子そろってのアーティスト稼業。どうかいつまでも新たな刺激と創造物を共に生み出し続けてほしいと思う。
追記:ボウイ死去の報(2016年1月)
英国の世界的ミュージシャン、デビッド・ボウイ氏が10日、癌による闘病生活の末に亡くなった。
英国の伝説的なマルチミュージシャン、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)さん(69)が10日、がんで死去した。ツイッター(Twitter)とフェイスブック(Facebook)の同氏の公式アカウントで11日、明らかにされた。これによると、ボウイさんは1年半におよんだ闘病の末に、家族に見守られ安らかに亡くなったという。ボウイさんは、通算25作目のスタジオアルバム「ブラックスター(Blackstar)」を発売したばかり。1969年に「スペース・オディティ(Space Oddity)」のヒットで脚光を浴びて以来、英音楽界で最大級の栄誉を手にしてきたアーティストの人生に幕が降ろされたことになる。
(AFPより)
英国の誇る巨星、ついに墜つ・・・・
氏の死去の報を知って最初に頭に浮かんだ言葉だ。
デビッドボウイといえば、ここで私などがあれこれ語ることもないほどに、あまりにも有名で、あまりにもショービジネス界に多大な影響を与え続けてきた、まさに「生きる伝説」だった。
私が生まれた70年代には、彼はすでにスターダムにのし上がっていて、グラムロックスターとしての地位を確固たるものにしていた。
長じてリアルタイムにボウイを知ったのは、今回取り上げた84年の「ブルージーン」のビデオクリップを洋楽番組で見たのが初めてだった。
GIオレンジやマドンナ、デュラン・デュランなどのアイドル的なミュージシャンを見慣れていた当時の自分からすれば(小学生です)、このビデオクリップでのボウイの風貌や流される音楽は、なんだかとても洗練されていて、大人びているように感じたものだ。
その後、チェックしていたビルボードチャートで耳にする以外は彼の音楽を好んで聞くことはなかったけど、成人して一人暮らしするようになると、ふと昔聞いた洋楽のことが懐かしく思い出されて、その中の一人としてボウイのアルバムを買って、部屋でよく聞いていた記憶がある。
個人的には好きだったティーン・マシーン時代や、「ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ」以降のボウイには、かつてほどのカリスマ的な輝きは失せていたように思うし、音楽的な影響力も減少していたようにも思う。
それでも2000年代初頭から「heathen」など3枚のアルバムを世に送り出し、今年の初め(1月8日)には最新作「ブラックスター」をリリースさせるなど、精力的に活動を開始する最中の訃報だった。
癌を患っていたという。闘病生活が一年半に及んだというから、きっと心身ともに消耗していたのだろう。
それでもアルバムを制作し、新たな作品を創作する意欲を最後まで失わなかったミュージシャン魂には敬服のほかはない。
最後に公開されたミュージックビデオも、見た目は年齢相応に老いてはいるものの、パフォーマンスや目の鋭さからは往時と変わらぬ熱さを感じれた。(パントマイムが復活しているのは嬉しかった)
ボウイの息子であるダンカン・ジョーンズ氏が、自身のツイート・アカウントに父であるデビッド・ボウイ氏の訃報を投稿すると共に、ボウイと彼との(と思われる)子供時代の親子ショットを公開している。(以下の文章と共にBARKSで取り上げられている)
ボウイの息子ダンカン・ジョーンズもその直後、「こう言うのは、とても残念で悲しいが、本当だ」と、Twitterで、それが事実であることを認めた。
(BARKSより)
先月の初めに元ベルベット・リボルバーのスコット・ウェイランド、年の暮れにはモーターヘッドのレミー・キルミスターが亡くなったことに続いて今回のボウイと、世界的なミュージシャンが相次いで亡くなる悲しき年末年始を迎えることとなってしまった。
レミー・キルミスター、スコット・ウェイランド、どうか安らかに・・・・
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いずれも亡くなるだけの年齢的、体力的条件が重なってしまったといえば話はそれまでなのだけど、それでもそこに何か時代の流れとか運命的な意味を感じてしまう。
偉大な才能の逝去に心から哀悼の意を。
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